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乾燥わかめと、僕のアカハライモリ――「引き出し」に閉じ込めた愛の終着点

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居心地というのはそれぞれにあるよね。
(パンダ談)

あのね、聞いて。
昔の話なんだけど。

幼稚園生の頃、僕は「生き物ハンター」だった。
父方の祖母の家は、息を呑むような緑に囲まれた場所にあって、週末に父の農作業についていくのが僕の最大の楽しみだった。

図鑑を読んで知識を蓄えては、田んぼへ出かけて実物を探す。
見つけて触れて経験しては、また家に戻って図鑑を開いて復習する。
そんな「研究」に没頭していた僕が、ついに出会ったのがアカハライモリだった。

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図鑑で見た「宝石」と、小さな拉致監禁

黒い背中に、燃えるような鮮やかな赤色のお腹。
図鑑で見て憧れていたその姿は、実物で見るとどんな宝石よりも価値があるものに映った。

「見つけたーーっ!」

泥だらけになりながら捕まえたその感触。
図鑑には書いていなかった「生き物独特の匂い」。
お腹がオレンジのやつもいる!
僕はそのすべてが愛おしくてたまらなかった。

どうしても、ずっと一緒にいたかった。
だから僕は、一回だけその子を家に連れて帰ったんだ。

「いつでも可愛がれるように」
「誰にも邪魔されないように」

僕は、その小さな命を自分の机の引き出しにそっとしまった。
まだ幼かった僕は、彼が生きていくために「水」が必要だということも、エサが必要だということも、本当の意味ではわかっていなかったんだ。

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引き出しを開けた僕を待っていた、不思議な塊

数日後。
ワクワクしながら引き出しを開けた僕の目に飛び込んできたのは、無惨に干からびて動かなくなった、小さな黒い塊だった。

当時の僕には「死」という概念すら、まだよくわかっていなかった。
「動かない」ということが、どういう事態なのかもわかっていない。
僕たちは普通に生きているのに、なんでこの子だけこんなにカサカサになっちゃったんだろう?

その時、僕の頭にふと浮かんだのは、食卓で見る「乾燥わかめ」の姿だった。

パンダ
パンダ

もしかして、イモリさんもお水やお湯で戻したら、また元気に動き出すのかな?

僕は不思議な期待を胸に、ママのところへ駆け寄った。

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「乾燥わかめ」は戻るのに、イモリさんは戻らない理由

パンダ
パンダ

ママ、イモリさんがこうなっちゃった。
イモリさんも、わかめみたいにお水に入れたら戻るのかな?

僕の問いかけに、ママは僕の目を見て、静かに言った。

母

わかめは戻るけど、イモリさんは、もう戻らないんだよ。

その瞬間だった。
「動かない」のは「死んじゃった」ということ。
「イモリさんは僕のせいで死んじゃった」という現実、そして「死んじゃったらもう二度と生き返らない」という残酷な世界の仕組みが、一気に僕の中に流れ込んできたのは。

僕は、泣いた。
大好きだったはずなのに。
大切にしたかったはずなのに。
僕の「好き」という無知な気持ちが、この子の命を奪ってしまった。

その日、僕は「命は二度と戻らないこと」と、「飼えないなら、連れて帰ってはいけないこと」を、震えるような悲しみとともに学んだ。

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愛とは「引き出し」に入れることではない

あの日の事を思うたび、僕の生き方は少しずつ変わった。
「可愛いから」「好きだから」という理由だけで、相手を自分のテリトリーに引きずり込むことは、愛ではないと知ったからだ。

命には、それぞれにふさわしい「環境」がある。
そしてそれは、人間だって同じだ。


※ここから先は、この「小さな後悔」が今の僕の生き方にどう繋がっているか、という少し深いお話です。

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